たのしい悪夢
「ネオン」
暗闇の中に白い小さな点がある。よく見るとそれはサイダーの震える泡のように、わずかに輪郭を歪ませながら細かい火花を散らしていた。光の塊なのだ。火花と火花は手をつなぎ、くっつき、一つになりながら新たにテリトリーを広げていく。増殖して視界を埋め尽くした光は、蠢く虫の群れに似ていた。
巨大なこの生き物は一度大きく身体を揺すると、弾け、散らばった自分の一部を求めて分裂と融合を繰り返した。白かった光はいつの間にか色を帯び、目に痛い蛍光色の光人形となってでたらめに動く。同時にどこからともなく様々な腹の虫を大集結させたかのような音が聞こえてきた。鳴き声は次第に大きくなり騒音に変わる。不安定な音楽に包まれながら、私はいつまでも終わらないネオンのダンスを見続けていたが、加減を知らない明滅に眩暈がして闇が恋しくなった。
しかし、瞼を持たない私は目を瞑ることが出来ない。私は天地の区別もつかなくなり浮き上がるように倒れた。すると、テレビの電源が切れたように光は一瞬で消え去り、またやわらかな闇がやってくる。
「気配」
私はどうやら仰向けに寝転がっているらしかった。身体の上に何か大きくて重たいものが乗っている。胸が圧迫されて上手く息が出来ない。目は開いているはずなのに視界にはぼやけた闇しか映らなかった。地面が石のように冷たい。冷えた手に細かい砂粒が付いた。腹の上の物体は表面がざらつき、でこぼこしていて指先が引っ掛かった。木……丸太だろうか。ふいに粉っぽいカビ臭いにおいが鼻を突いた。体育館倉庫のにおいだ。このまま死ぬのだろうかとぼんやり思う。危機感は感じなかった。恐怖もない。ただ、寂しくはあった。
その時、何かが私の上に乗るのを感じた。頭から足先へと音もなく移動していく。姿は見えず、声すら聞こえないのに、私はその何かが子どもだと確信していた。子どもは次から次へとやってきては私の上を通っていく。おかげで私の孤独はいくらか和らいだ。丸太にわずかな重みが加わるたび、彼らの向かう場所が安らかであることを祈る。子どもは誰ひとり帰ってこない。頼りなさげな足つきで進む小さな白い足を思い浮かべ、私は瞼を閉じた。
「ナイフ」
少しの違和感の後に金属の冷たい感触が私を襲う。その冷たさが何ともくすぐったくて、思わず身体をくねらせた。しかし男はそんなことには一切構わず、慣れた手つきで私の胸や腹にナイフをするりとやる。痛みはなく、血は一滴も流れない。
最初は冷たかったナイフもやがて体内で温められ、今では私の一部であるように感じた。それは刺さっているというよりは、生えているような感覚だった。男は時折私から離れて全体のバランスを確認しては、次に刺すナイフの位置を思案する。夢中で作業をする男はとても楽しそうだ。私はそんな男の熱中した表情を見ているのが楽しかった。
一瞬、男の持つナイフに私の姿が映る。奇妙な姿だった。昔、美術の教科書でよく似た彫刻を見た気がする。また、ふいに子どもの頃よく遊んだ玩具を思い出した。樽にナイフを刺していき、海賊の人形を飛び出させて遊ぶ玩具。その時がきたら、私の頭も勢いよくふっ飛んでいくのだろうか。
ぼんやりそんなことを夢想していると、急に眠気がさす。私の意志とは関係なく、短い夢の幕が下りる。