穴
僕は今、穴を落ちている。 とても大きな穴だ。 真っ暗で、何も見えない。
昔の地球には、穴なんて開いてなかったらしい。 今は、どこもかしこも穴だらけで、落ちて死ぬ人もたまにいる。 昔の人達が、地下資源を求めて掘った穴だそうだ。 海も陸も、隙間なく穴が掘られている。 穴の中には、車とかいう乗り物や大きな機械が投げ込まれていて、穴しかない荒涼とした大地を、さらに虚しくしている。 結局、これだけ穴を掘ったのに、地下資源は既に使い果たされて、無くなっていたようだ。 この穴のせいで、人の住める土地が無くなり、地球の人口は半分以下に減り、僕達はわずかに残った穴の開いていない場所で暮らさなければならなくなったのだ。 もっと、後の事を考えて掘って欲しい。 それとも、後の事なんてどうでも良いと思うほどに荒れた世の中だったのだろうか。
僕が穴に落ちてから、だいぶ経つ。 もうずっと落ち続けている気がする。 数時間、それ以上か。 この暗闇は、一体どこまで続いているのだろう。
僕は、自分から穴に落ちた。 今の生活が辛かったというのもあるが、今年は収穫量が極端に少なかったから、きっと何人か穴に落とされる。それなら、先に僕が落ちて、落とされる人数を減らしてやろうと思ったのだ。 なんて、辛いことから逃げたかっただけで、そんなのは言い訳だけど。
それにしても、この穴は不思議だった。 水の中に居るような感じがする。 でも、そんなはずは無くて、息もできるし、服も濡れていない。 何というか、体中で空気中の水分を吸い取っているような感じなのだ。 そのうち、僕の体が周りの空気と一体化して、溶けていってしまいそうだ。 落ちているのか、止まっているのかも、もう分からない。
その時、足元に仄かな光が見えた。 やはり僕は落ちていたらしく、だんだんとその光に近付いていく。 光っていたのは、僕の身長よりも大きい球体だった。 青白い光が、ゆっくりと点滅している。 僕は、水に沈むようにゆっくり落ちていく。 巨大な球体に、さらに近付いていく。 球体まであと数メートルのところで、僕はある事に気が付いた。 中に人が居る。 よく見てみると、中に居るのは、僕と同い年くらいの女の子だった。 彼女の方も、僕に気が付いたようだった。 僕が球体に触れると、彼女は「交代ね。」と呟いた。 すると、彼女の体は水みたいにゆらゆらして、周りの空気に馴染んでいった。 彼女は、空気と溶け合いながら、まるで独り言のように僕に言った。 「私の地球はもうすぐ終わるから、今度は君が創る番だよ。」 僕は訳が分からないまま、頷いた。 そして彼女は、完全に空気と混ざった。 彼女が消えるのに合わせて、光の点滅も止まった。 辺りを薄く照らしていた光が消えて、また真っ暗になってしまった。 僕はこれからどうすれば良いのだろう。 空気になった彼女が言うには、次は僕の番らしいけど。 この球体は何なんだ。
僕は暗闇の中、この摩訶不思議な球体を調べることにした。 軽く触れていた指先に力を入れてみる。 ズボッ 球体に指が入った。 まずい、壊してしまった。 この球体だけが頼りなのに。 僕は不安の頂点に達した。 目の前は、既に真っ暗だ。
何か様子が変だった。 僕は何もしていないのに、どんどん体が球体の中に入っていく。 ついには体全体が、球体の中へ入ってしまった。 僕が中に入ると同時に、また球体が光りだした。 次は何が起こるのか、僕は不安でしょうがなかった。
しかし、何も起こらなかった。 穴を落ちていた時と同じくらいの時間が経った。 僕は、その間ずっと球体の中に居た。 入ったは良いが、出れないのだ。 僕はもう一度、彼女の言葉を思い出してみた。
『私の地球はもうすぐ終わるから、今度は君が創る番だよ。』
彼女の地球が終わって、次は僕が創る番。 もしかして。 僕が、地球を。 創るのか。
そんな馬鹿な。 僕が地球を創るなんて。 ということは、この球体は地球の核だったのか。 僕の頭の中は真っ白になった。
僕は、地球を創るために穴に落ちたんじゃない。 僕は、穴だらけの世界が嫌で。 落ちたんだ。
だったら。
穴が嫌いなら。 埋めれば良いんじゃないか。 僕は、地球を創るためにこの中に居るんだから。
僕は、目を覚ました。 こんなに安らかな気分になったのは初めてだった。
僕の地球は、どこまでも平らだ。 穴はひとつも無い。
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