蛇にピアスを読んで

 

 

 「スプリットタンって知ってる?」

この話は、主人公のルイとスプリットタンの出会いから始まる。

スプリットタンというのは、分かれた舌、つまり自分の舌を蛇やトカゲのような舌に改造する事を言う。舌にピアスをして、その穴をどんどん拡張していき、最後に残った先端部分をメスやカミソリで切り離し、完成させるのだ。

鼻や、唇や、へそ、舌なんかにピアスをする人がいるのは知っていたけれど、スプリットタンという言葉を聞いたこともなかった私は、一ページ読んだだけで、背筋がゾクッとして、「耳にするのだって痛そうなのに、舌にピアスなんて考えられへん!」と、心の中で叫んだ。舌を裂くシーンを想像すると、思わず本を持つ手に力が入った。

ルイは、クラブで出会った蛇舌の男、アマの舌にすっかり魅せられ、自分もスプリットタンをやり始める。ルイは、「親から貰った体を」というような事は考えない。すでに、右耳に二つ、左耳に三つピアスをしているし、舌にピアスを開けた後は、「髪型変えようかな」みたいなノリで、刺青も入れてしまう。優柔不断な私は、ルイのようにパッと決めて、サッと動ける人に少し憧れている。刺青や、舌にピアスをしようとは思わないけど。

ルイがピアスを開けに行った店は、繁華街の外れの地下にある。アマの友人の、シバさんが店長をやっている、パンクな店だ。シバさんの顔は、瞼、眉、唇、鼻、頬にピアスが刺さっていて、体中に所狭しと刺青が入っている。

シバさんは、スプリットタンについて「ピアスや刺青と違って、形を変えるもんだからね。おもしろい発想だとは思うけど、俺はやりたいとは思わないね。俺は、人の形を変えるのは、神だけに与えられた特権だと思ってるから」と、答えた。でも、ピアスや刺青も、本来ある形に変化を加えるという点で、スプリットタンと何ら変わらないのではないだろうか。そう考えると、彫り師であるシバさんがしている事は、神がしている事と同じになる。

シバさんは、自分のことを「俺は、神の子かもしれない」と言っていた。シバ(シヴァ)というのは、創造の神の名であり、破壊の神の名だ。刺青を彫ることによって、新たな姿を創造し、そして同時に、本来の形を破壊している。シバさんは、ルイやアマの住む、私達が普段生活している世界とは別のところにある、少し歪んだ、暗い世界に君臨する神なのだ。

ルイは、アマと一緒にいるうち、次第にアマを大事に思うようになる。アマは、左眉と下唇に三本の針型のピアスを刺していて、髪の毛の色は赤、左の二の腕から背中にかけて龍の刺青を入れている。見た目は怖いが、実際は優しく温厚な性格の青年だ。ルイには、特に優しい。ルイが、アマに癒されていると感じるのは、ルイの心の空っぽの部分を、アマが満たしてくれるからだろう。

私は、ルイに孤独を感じる。ルイには、生きる目的がない。自分の未来に、希望を持っていない。ただ、今の時間を生きているだけだ。それは、とても寂しく、そして孤独だ。ルイは、生きながら死んでいるようなものだった。

ルイが刺青を入れたのは、孤独だったから。決して裏切られる事のない存在が欲しかったからだ。それに、ルイの刺青は、アマの龍と、聖なる生き物、動物界の神である麒麟を組み合わせたものである。ルイは、心の奥ではアマを必要としていたのだ。スプリットタンもそう。最初は、スプリットタンを完成させるという、生きる目的が欲しくて始めたんだと思う。自分の体を変えることによって、新しく生まれ変わり、生き始めたかったからだと。でも、途中からは、アマと同じ気持ちを共有したくてスプリットタンを目指しているようだった。ルイは、自分が思っていた以上に、アマのことを愛していたと思う。

しかし、ルイは龍と麒麟に瞳を入れるのを拒んだ。画竜点睛。決して裏切られる事はないと分かっているのに、瞳を描いて龍たちが飛んでいってしまうのを、ルイは恐れた。アマもシバさんもルイのそばにちゃんと居て、ルイを深く愛してくれていると知っていても、それでも不安になったのだ。

神の子は、破壊によって創造する。話の最後でシバさんは、アマの命と引き換えにルイに命を与える。瞳を入れるのだ。瞳を入れた、命を持った龍と麒麟と一緒に、ルイはようやく命を持つ。

この本は、好き嫌いがはっきり分かれると思う。私は、気に入っている派だ。読み返すたびに、頭をズガンとやられる。「私に生きる目的はあるのか」とか「今、一体何がしたいのか」とかを考える。「うーん、どうなんだろう」もしかすると、私も今、ルイのように生きながら死んでいる状態なのかもしれない。

それでもいい。この疑問に即答できないうちは、まだまだ「子供」という事だろう。それまで死んでいるのもアリだ。いつか、本物の「大人」になれば良い。

 

 

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