町興し
あと少し住民が減れば、村になってしまうような小さな町のはなし。
『黒い森』には魔法遣いが住んでいて、人の頭を動物に変えてしまうんだ。 もし、魔法遣いに会ったら、挨拶をして振り返らずに帰っておいで。 呼ばれても返事をしてはいけないよ。
ある日、とても突然に、友達の頭がシロクマになった。 友達は、シロクマになった頭のおかげで、学校でとても有名になった。 クラスの皆が、友達の周りに集まった。 テレビも、友達の頭を取材しに来た。 だけど、どうして頭がシロクマになったのか、誰も分からなかった。
友達が、シロクマ頭になってから、ちょうど2ヶ月が経った。 その日の朝は、今までとは違っていた。 動物頭が、友達以外にも数人現れたのだ。 タカ、ワニ、カバ、ライオン・・・ 変身した人に共通点は無い、OL、主婦、サラリーマンにおじいさん・・・と、てんでバラバラ。 たった1つの事を除いては。 それは、全員がこの町の住人だということ。
だが、それだけだった。 だいたい、どうして動物頭になるのかも分からないのに、なぜこの町の人たちだけが変身するのかなんて分かるはずが無かった。
1週間後、1つ不思議なことが分かった。 動物頭になった人の身体が、若返っているのだ。 特におじいさんが凄い。 前まで背中は曲がっていて、杖もついていたのに、変身後は、背筋がピンと伸びて、まるで若者だ。 肌だって、とてもみずみずしくなった。
この不思議な現象は、瞬く間に町中に広まった。 動物頭のことを、気味悪がっていた人の中には、若返ると聞いて、自分もなってみたいと言う人まで出てきた。 しかし、なりたいと思ってなれる訳もなく、逆に、なりたくないと思っている人ほど、動物頭になっている様だった。 そのうち、動物頭になりたいのになれない人と、動物頭なんてなりたくないのになってしまった人が言い争う事が多くなった。 酷いときには殴り合いの喧嘩になることもあった。
そこで僕は、人間に戻りたがっている動物頭の1人に、黒のスーツを着て、皆で創作ダンスを踊ると元に戻れるらしいですよ、と言った。 動物頭達は、これ以外に元に戻る方法を知らないので、必死になってダンスを踊った。
そして、動物頭になりたがっている普通の人間達には、巨大な動物頭像を作ると、動物頭になれるそうですよ、と言った。 皆必死になって、像を作り始めた。
これは、僕の考えた町興しなのだ。 動物頭は僕の魔法だ。 『黒い森』の魔法遣いから受け継いだ。
『黒い森』には魔法遣いが住んでいて、人の頭を動物に変えてしまうんだ。 もし、魔法遣いに会ったら、挨拶をして振り返らずに帰っておいで。 呼ばれても返事をしてはいけないよ。
『黒い森』は、日が差さなくて、昼でも夜みたいに暗い森だ。 それに、迷いやすいから子供は入っちゃいけない事になっている。 この話は、子供が森に入らないようにする為に、怖がらせる話なのだ。
皆怖がって森には近づこうとしなかったが、僕は違っていた。 暇さえあれば、森の前まで行って、奥を眺めていた。 中に入らなかったのは、彼が来るなと言ったからだ。 彼は全身黒ずくめで、森の影に溶け込んでいた。 僕は毎日のように森に通って、日が暮れるまで彼を見ていた。 彼も僕の方を見ていた。
僕は待っていたのかもしれない。 彼に呼ばれるのを。
それは中学三年生のとき。 森に行く回数はめっきり減っていた。 夏休み前、久しぶりに森へ行って呼ばれた。
おいで。
僕は初めて森に入った。 近くで彼を見たが、そこに居るのに遠くに居るような、遠くに居る様ですぐ傍に居るような。 何だか、人の形をした闇という感じだった。
彼が僕の胸に手を当てて何か呟くと、冷たいような、暖かいような、とても不思議なものが流れ込んできた。 森の魔法遣いは、僕に魔法を伝えたらしかった。
こうして受け継いだこの魔法を、僕は町の為に遣うと決めた。 このころすでに町は沈んでいた。
結果、動物頭達はダンスで有名になり、テレビに取り上げられ、スーツと動物の組み合わせが斬新と、絶賛された。 当然、動物頭を生み出したこの町も有名になった。 町のシンボルとして作った、動物頭像も観光客に人気だ。 最初は人間に戻るために始めたダンスだったが、動物頭達はもう戻る気は無いらしい。
動物頭も人間も、若返りの事なんて忘れて、今は自分達の故郷のために活動している。 僕の町興しは成功したのだ。
森の魔法遣いには、あの時から会っていない。 でも、彼はいつも傍に居る。
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